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目录
Content
Chapter_1
Chapter_2
Chapter_3
Chapter_4
Chapter_5
Chapter_6
Chapter_1
七都市物語
田中 芳樹
-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)|汎《バン?》 |人 類《ヒューマン?》 |世 界《ワールド?》 |政 府《ガバメント》」は、
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(例)[#地付き]
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目 次
北極海戦線
ポルタ?ニグレ掃滅戦
ペルー海峡攻防戦
ジャスモード会戦
ブエノス?ゾンデ再攻略戦
あとがきにかえて
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北極海戦線
0
……周知のように、西暦二〇八八年に月面都市において成立した「|汎《バン?》 |人 類《ヒューマン?》 |世 界《ワールド?》 |政 府《ガバメント》」は、その素朴な理想主義をよそおった名称とうらはらに、「|大《ビッグ?》 |転 倒《フォールダウン》」の破局を、月面の安全地帯から見物する恵まれた立場の少数者によって発足させられたものであった。
「大転倒」によって、北極点は、地球最大の海である太平洋の東北部に移動した。座標は、それまで使用された数値によれば、北緯二二度〇四分、西経一四〇度二六分である。当然ながら南極点も移動し、その位置はアフリカ大陸とマダガスカル島を分かつモザンビーク海峡であった。
地球全体が「大転倒」したことにともなって、五億平方キロにおよぶその表面は、辞書に記されるかぎりの多彩な災厄に見舞われることとなった。豪雨、洪水、地震、暴風、火山噴火、地滑、山崩――あらゆる神話の荒らぶる神々が能力のかぎりをつくして地母神《ガイア》を責めたてたが、被害者であると同時に加害者ともなったのは、彼女の不肖の子らである人類であった。原子力発電所と生物化学兵器施設は、破壊の跡から悪意と臭気にみちた毒素を吐き出して地母神を苦悶させた。
三年にわたる災厄の連続と、それにともなう一〇〇億人の死を、月面都市に居住する二〇〇万人の男女は、三八万キロをへだてた虚空の高みから見物していた。彼らが心を傷めなかったという証拠はどこにもないのだが。
……二〇九一年にいたって、月面都市の生存者たちは、神々の降臨よろしく地球の表面に最初の一歩をしるした。惨禍は悲しむべきであったが、過去を歎くより現状を改善するべく努力することが重要であった。とにかく、人口過剰、とくに貧困層の増大という社会的困難は一掃されたわけである。これこそ摂理というべきであり、今度こそ秩序的な人類文明の再建が期待される、と、彼らは考えた。
完全な都市建設と資源開発の計画にもとづき、一変した自然環境と無数の白骨におおわれた地球上には、七つの都市が姿をあらわすことになった。これは同時に地球の表面を七分割し、それぞれの地域の統治?支配?開発を分担させることを意味した。「大転倒」時の災厄に耐えぬいて生き残った人々の再組織も、それに準じておこなわれた。
……七つの都市は、つぎのような名称と特性を有していた。
第一に、アクイロニア。これはシベリア大陸のレナ川の中流平野に建設された。いまやシベリアは氷雪と凍土の重圧から解放され、地下で惰眠をむさぼってきた膨大な資源は、貪欲な開発の手で毛布をはぎとられようとしている。アクイロニアは、シベリアの地上と地下を支配するだけでなく、幅三キロにおよぶレナ川をへて、温暖化した北極海(これはもはや実状に即した名ではないが)へとつづく航路を手中におさめることとなり、発展への道は幅広く開けていた。
第二に、プリンス?ハラルド。これは、いまや北極海同様その名称にふさわしくない「南極」大陸の、消えさった氷河の跡に建設された。埋蔵資源の巨大さと、それにともなう潜在的な発展のエネルギーはアクイロニアをさえ凌駕《りょうが》するものとの期待がかけられた。
第三に、タデメッカ。これはかつて不毛《サハラ》と称されながら「大転倒」後の気象変動によって豊沃な亜熱帯性草原となったアフリカ大陸の一角、ニジェール川のほとりに建設された。タデメッカとは、古代にこの地方に栄えたガラマンテス族の王都の名で、その富と強兵はヘロドトスによって記録されるところである。
第四に、クンロン。これは「大転倒」にともなう陥没によって標高二〇〇〇メートル前後にまで沈下したチベット高原の一角に建設された。三万平方キロの広大な新陥没湖にのぞみ、あらたな赤道のほぼ直下にあって、熱帯高原特有の常春の気候にめぐまれる。
第五に、ブエノス?ゾンデ。美《うる》わしの地平線を意味する名だが、当初は気はずかしくもエル?ドラドと名づけられるはずであった。アマゾンの流域への大西洋海域の進攻と、アンデス山脈の大陥没によって、旧赤道の南方で大西?太平両洋が強烈な接吻をかわした結果、この都市が建設された。アマゾン海の最奥にあって、ペルー海峡を扼している。新北極からの寒風は、アンデスの残骸にはばまれるため、比較的温和である。
第六に、ニュー?キャメロット。そのいささか時代錯誤的な名称があらわすように、グレートブリテン島のほぼ中央部に建設された都市で、北極海方面の支配権をアクイロニアと二分する立場にあったが、名称が人心に影響を与えでもするのか、ここの市民たちには、アクイロニアをおさえて北極海周辺全域の支配者たろうとする気分が強く、一方では大西洋?地中海方面をめぐってタデメッカと対立しがちである。
第七に、サンダラー。ユーラシアとオーストラリア両大陸間の多島海に位置し、海をへてあらたな両極に通じる海陸交通の要所である。名称は、中世にこの多島海を支配した王侯の名に由来する。気候的には、「大転倒」前の熱帯が亜熱帯に変わった。火山活動の被害が大きかった地域である。
これら七つの都市は、地球の表面で、建設的な、あるいは非建設的な競争にいそしむこととなった。
地球の、まさに表面で。なぜなら、七つの都市に住む人々は空を飛ぶ手段を所有しえなかったからである。
オリンポスの神々が人類に火を禁じたように、月面都市の住人たちは地上人たちから航空?航宙技術を奪った。地上七都市に対する月面都市の絶対的な支配権を維持するために、空をゆく技術と人的資源を独占したのである。移住後にそのような体制を押しつけられて、七都市の住民たちは怒ったが、抵抗の手段はすでになかった。
そのユーモア感覚がどのていどの水準であったかに関してはさまざまな意見があるだろうが、月面都市の住民たちが地上人たちを監視し制圧するために構築したのは、「オリンポス?システム」と称されるものだった。それは月面に設置された出力二〇万メガワットのレーザー砲と、衛星軌道につらなる二四個の無人軍事衛星、それらによってコントロールされる一万二〇〇〇個の浮遊センサーから成っていた。これらすべてに最新の鏡面加工がほどこされた。
これらのシステムは、一定質量と一定速度の物体が地上五〇〇メートルに達すると、即座に破壊するようになっていた。月面都市を母港として登録されたシャトルや航空機のみが、その破壊からまぬがれることができたのだ。七都市あわせて六〇回にわたり、自主製作機が破壊されると、ついに地上人たちは月面都市の専横に対する抵抗を断念した。こうして月が地球を支配するシステムが完成された。
月面都市の栄華が突然、終曲をかなでたのは、西暦二一三六年のことである。月からのシャトルが欠航し、通信波がとだえた。地上人たちは不安と解放感の混在するなかに立ちすくんで三ヶ月をすごした。やがて一隻の無人の小型シャトルが北極海に落下し、一巻のVTRテープが探し出された。録画状態はきわめて悪かったが、月の裏側に落ちた一個の隕石から未知のビールスが検出され、その封印がとけて、月面都市の住民すべてが致死性の熱病に冒《おか》されたことが判明したのである。
月面都市の人々が死に絶えても――それを否定する材料を地上の人々は持たなかったが――偏執と用心にもとづくそのシステムは、この世に存在しない主人のために活動をつづけてきた。地上人たちが算出したところでは、オリンポス?システムを活動させるエネルギー源は、最短の数値をとっても今後二〇〇年は休みなくはたらきつづけるものとみなされた。つまり、地上人たちは、月面都市の支配からは脱したものの、封印は解かれないまま、ということになったのだ。共同制作して打ちあげたシャトルが、成層圏よりはるか下の空域でレーザー?ビームに破砕されると、人々は運命を受容せざるをえなくなった。
かくして、地球上の七つの都市に住む人々は、見あげる対象として以外の空を失った。二〇〇年、七万三〇〇〇日の時間がオリンポス?システムの生命活動を停止させるか、第二のプロメテウスが天界の神々に反逆の矢を放たないかぎり、状況は変わりようがなかった。月面都市から太陽系内の他の惑星に移住した人々の存在も考えられたが、地上人には確認や探査の手段がなかった。
七都市の市民にとっては、七都市が全社会となった。カレンダーの日付は変わり、人口は増大し、とりのこされた者の同志的連帯感は、競争意識と打算にとってかわられた。七都市は自衛のためと称して軍隊をつくり、ときに流血し、ときに和睦した。まるで、オリンポス?システムの破滅の日までの退屈しのぎをするように。そのときどきには、戦いをさせる者には相応の理由があったのではあるが。また、都市によっては、大転倒で生き残った人々と、その後に月面都市から移住した人々との間に反感や敵意も生じた。
そしていまは、西暦二一九〇年である……。
Ⅰ
「元首《ドウーチェ》のご子息」
ニュー?キャメロット市において、チャールズ?コリン?モーブリッジ?ジュニア青年はそう呼ばれていた。彼の父親が四年前までアクイロニア市政府の元首《ドウーチェ》だったからである。
「元首のご子息」なる呼称は、呼ぶ者も呼ばれる者も敬称のつもりでいたが、じつのところ、これほど個人を侮辱した呼びかたもすくなかったであろう。この青年が形式的ながら充分な敬意と待遇をはらわれる理由は、彼自身の存在にはなく、彼の父親にあった。
チャールズ?コリン?モーブリッジは五期二五年にわたってアクイロニアの元首職にあり、幾度かの軍事的?外交的な危機を巧妙に処理し、肥大した官僚組織を改革し、多くの旧弊をあらためた。容姿も言動も堂々としており、徹底した有言実行の姿勢で市民の支持と賞賛を集めた。宣伝上手との評もあるが、とにかく四半世紀にわたって合法的に権力を維持したのだ。
これほどの偉人も、老境に至って晩節《ばんせつ》を汚《けが》すことになった。彼は長期にわたる在任の間に、ダース単位の政敵をリング外に突きおとし、それに倍する後継者候補を永遠の候補に終わらせてきたが、四期めに実の息子を首席秘書官に任命し、五期めに新設の副元首に昇格させた。その露骨な公私混同によって、年来の支持者たちさえ興ざめしてしまったのだ。五期めの最後の年、任期満了を九〇日後にひかえて、モーブリッジは政庁での記者会見にのぞもうとした。自分の引退と、息子の次期元首選出馬を公表するためであったが、会見場にはいって三歩あゆみ、四歩めで倒れた。急性脳出血であった。この瞬間、モーブリッジ王朝の夢は未発に終わった。
新元首ニコラス?ブルームの選出は、「モーブリッジの臭気がついていない者なら誰でも」という風潮に乗った一面は否定しえないとしても、清潔で理知的な人格的魅力が、父親の威光で極彩色にかざりたてたモーブリッジ?ジュニアのそれを上まわったからである。
惨敗を喫したモーブリッジ?ジュニアは、アクイロニアに存在の場を矢った。自尊心に致命傷をこうむったにとどまらず、司直《しちょく》の手がうごめく気配を身辺に感じたからである。父の急死に至るまで、「モーブリッジ王朝」の存続を疑いもしなかった彼は、すくなからぬ公金を国庫から「借り出して」費消していた。彼の父親は、権力を独占し、それを法にのっとって行使するだけで満足していたが、息子はそのファウル?ラインをこえてしまったのだ。かくして彼は追及の手を逃がれてニュー?キャメロットに走らざるをえなかった……
執事があらわれて訪客をつげた。仮住居のサロンに姿を見せたのはひとりの士官だった。
長身で、貴族的にすら思える美貌の青年だが、やや血色の悪い顔に斜めに走った傷あとが、|正 負《プラス?マイナス》いずれの方向であれ、尋常ならざる印象を与える。鋼玉に似た瞳も、気の弱い者なら正視しかねるであろう。二九歳の若さで准将の地位にあるケネス?ギルフォードだった。
「元首《ドウーチェ》のご子息……」
ケネス?ギルフォード准将はよそよそしく呼びかけた。彼はニュー?キャメロット市政府の幹部のなかにあっては少数派で、彼の生まれ育った都市に無用なトラブルを持ちこんだ「元首のご子息」に、打算がらみの好意すらしめそうとしなかった。
モーブリッジ?ジュニアは亡命者たるの境遇に甘んじてはいなかった。彼はこの一年、母都市から六三〇〇キロをへだてた亡命地で、計画をねり、同志と語らい、ニュー?キャメロット市政府の高官たちに対しては情をもって訴え、理をもって説《と》き、利をもって誘い、ついに武力干渉の約束をとりつけたのだった。
ギルフォード准将は、老練のシャン?ロン少将とともに、モーブリッジ?ジュニアの軍事技術顧問をつとめることになっていた。むろん好んでのことではない。この日、二月六日、軍司令部で上官からそう命令されたのである。
「ギルフォード准将、君に重大な任務を与える。かのモーブリッジ?ジュニアの要請にしたがい、アクイロニアヘの進攻作戦に従事するのだ」
「で、作戦の指揮官は、モーブリッジ?ジュニアですか」
「むろんだ。いいかね、准将、この作戦はあくまでモーブリッジ?ジュニアの権利回復を目的としたものなのだ。アクイロニア市は、先代モーブリッジ元首の功績に対して忘恩がはなはだしい。銅像まで撤去し、肖像画も破棄しているそうだ」
ギルフォードは銅像などに何の関心もなかった。
「吾々はあくまでモーブリッジ?ジュニアを助ける立場なのですか」
「そうだ」
「すると何らかの報酬《みかえり》も求めず、無償で彼に奉仕するというわけですな。戦勝後、領土も権益も要求することはない、と」
准将の皮肉はかなり無礼なもので、しかも当人はそのことを充分に自覚しており、彼の鋼玉のような瞳には、鋭くとがった、指向性の強い光が宿っていた。一個中隊の敵を、眼光だけで制圧したという伝説の源泉である。上官でさえ階級章の無力さを痛感して、ひるまずにいられない。虚勢の甲冑など一瞬に透過されてしまうのだ。
「むろん戦費は何年がかりかで返還してもらう。また、相応の権益をアクイロニアの新政権に要求することにもなろう。しかし、モーブリッジ?ジュニ
Content
Chapter_1
Chapter_2
Chapter_3
Chapter_4
Chapter_5
Chapter_6
Chapter_1
七都市物語
田中 芳樹
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)|汎《バン?》 |人 類《ヒューマン?》 |世 界《ワールド?》 |政 府《ガバメント》」は、
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北極海戦線
ポルタ?ニグレ掃滅戦
ペルー海峡攻防戦
ジャスモード会戦
ブエノス?ゾンデ再攻略戦
あとがきにかえて
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北極海戦線
0
……周知のように、西暦二〇八八年に月面都市において成立した「|汎《バン?》 |人 類《ヒューマン?》 |世 界《ワールド?》 |政 府《ガバメント》」は、その素朴な理想主義をよそおった名称とうらはらに、「|大《ビッグ?》 |転 倒《フォールダウン》」の破局を、月面の安全地帯から見物する恵まれた立場の少数者によって発足させられたものであった。
「大転倒」によって、北極点は、地球最大の海である太平洋の東北部に移動した。座標は、それまで使用された数値によれば、北緯二二度〇四分、西経一四〇度二六分である。当然ながら南極点も移動し、その位置はアフリカ大陸とマダガスカル島を分かつモザンビーク海峡であった。
地球全体が「大転倒」したことにともなって、五億平方キロにおよぶその表面は、辞書に記されるかぎりの多彩な災厄に見舞われることとなった。豪雨、洪水、地震、暴風、火山噴火、地滑、山崩――あらゆる神話の荒らぶる神々が能力のかぎりをつくして地母神《ガイア》を責めたてたが、被害者であると同時に加害者ともなったのは、彼女の不肖の子らである人類であった。原子力発電所と生物化学兵器施設は、破壊の跡から悪意と臭気にみちた毒素を吐き出して地母神を苦悶させた。
三年にわたる災厄の連続と、それにともなう一〇〇億人の死を、月面都市に居住する二〇〇万人の男女は、三八万キロをへだてた虚空の高みから見物していた。彼らが心を傷めなかったという証拠はどこにもないのだが。
……二〇九一年にいたって、月面都市の生存者たちは、神々の降臨よろしく地球の表面に最初の一歩をしるした。惨禍は悲しむべきであったが、過去を歎くより現状を改善するべく努力することが重要であった。とにかく、人口過剰、とくに貧困層の増大という社会的困難は一掃されたわけである。これこそ摂理というべきであり、今度こそ秩序的な人類文明の再建が期待される、と、彼らは考えた。
完全な都市建設と資源開発の計画にもとづき、一変した自然環境と無数の白骨におおわれた地球上には、七つの都市が姿をあらわすことになった。これは同時に地球の表面を七分割し、それぞれの地域の統治?支配?開発を分担させることを意味した。「大転倒」時の災厄に耐えぬいて生き残った人々の再組織も、それに準じておこなわれた。
……七つの都市は、つぎのような名称と特性を有していた。
第一に、アクイロニア。これはシベリア大陸のレナ川の中流平野に建設された。いまやシベリアは氷雪と凍土の重圧から解放され、地下で惰眠をむさぼってきた膨大な資源は、貪欲な開発の手で毛布をはぎとられようとしている。アクイロニアは、シベリアの地上と地下を支配するだけでなく、幅三キロにおよぶレナ川をへて、温暖化した北極海(これはもはや実状に即した名ではないが)へとつづく航路を手中におさめることとなり、発展への道は幅広く開けていた。
第二に、プリンス?ハラルド。これは、いまや北極海同様その名称にふさわしくない「南極」大陸の、消えさった氷河の跡に建設された。埋蔵資源の巨大さと、それにともなう潜在的な発展のエネルギーはアクイロニアをさえ凌駕《りょうが》するものとの期待がかけられた。
第三に、タデメッカ。これはかつて不毛《サハラ》と称されながら「大転倒」後の気象変動によって豊沃な亜熱帯性草原となったアフリカ大陸の一角、ニジェール川のほとりに建設された。タデメッカとは、古代にこの地方に栄えたガラマンテス族の王都の名で、その富と強兵はヘロドトスによって記録されるところである。
第四に、クンロン。これは「大転倒」にともなう陥没によって標高二〇〇〇メートル前後にまで沈下したチベット高原の一角に建設された。三万平方キロの広大な新陥没湖にのぞみ、あらたな赤道のほぼ直下にあって、熱帯高原特有の常春の気候にめぐまれる。
第五に、ブエノス?ゾンデ。美《うる》わしの地平線を意味する名だが、当初は気はずかしくもエル?ドラドと名づけられるはずであった。アマゾンの流域への大西洋海域の進攻と、アンデス山脈の大陥没によって、旧赤道の南方で大西?太平両洋が強烈な接吻をかわした結果、この都市が建設された。アマゾン海の最奥にあって、ペルー海峡を扼している。新北極からの寒風は、アンデスの残骸にはばまれるため、比較的温和である。
第六に、ニュー?キャメロット。そのいささか時代錯誤的な名称があらわすように、グレートブリテン島のほぼ中央部に建設された都市で、北極海方面の支配権をアクイロニアと二分する立場にあったが、名称が人心に影響を与えでもするのか、ここの市民たちには、アクイロニアをおさえて北極海周辺全域の支配者たろうとする気分が強く、一方では大西洋?地中海方面をめぐってタデメッカと対立しがちである。
第七に、サンダラー。ユーラシアとオーストラリア両大陸間の多島海に位置し、海をへてあらたな両極に通じる海陸交通の要所である。名称は、中世にこの多島海を支配した王侯の名に由来する。気候的には、「大転倒」前の熱帯が亜熱帯に変わった。火山活動の被害が大きかった地域である。
これら七つの都市は、地球の表面で、建設的な、あるいは非建設的な競争にいそしむこととなった。
地球の、まさに表面で。なぜなら、七つの都市に住む人々は空を飛ぶ手段を所有しえなかったからである。
オリンポスの神々が人類に火を禁じたように、月面都市の住人たちは地上人たちから航空?航宙技術を奪った。地上七都市に対する月面都市の絶対的な支配権を維持するために、空をゆく技術と人的資源を独占したのである。移住後にそのような体制を押しつけられて、七都市の住民たちは怒ったが、抵抗の手段はすでになかった。
そのユーモア感覚がどのていどの水準であったかに関してはさまざまな意見があるだろうが、月面都市の住民たちが地上人たちを監視し制圧するために構築したのは、「オリンポス?システム」と称されるものだった。それは月面に設置された出力二〇万メガワットのレーザー砲と、衛星軌道につらなる二四個の無人軍事衛星、それらによってコントロールされる一万二〇〇〇個の浮遊センサーから成っていた。これらすべてに最新の鏡面加工がほどこされた。
これらのシステムは、一定質量と一定速度の物体が地上五〇〇メートルに達すると、即座に破壊するようになっていた。月面都市を母港として登録されたシャトルや航空機のみが、その破壊からまぬがれることができたのだ。七都市あわせて六〇回にわたり、自主製作機が破壊されると、ついに地上人たちは月面都市の専横に対する抵抗を断念した。こうして月が地球を支配するシステムが完成された。
月面都市の栄華が突然、終曲をかなでたのは、西暦二一三六年のことである。月からのシャトルが欠航し、通信波がとだえた。地上人たちは不安と解放感の混在するなかに立ちすくんで三ヶ月をすごした。やがて一隻の無人の小型シャトルが北極海に落下し、一巻のVTRテープが探し出された。録画状態はきわめて悪かったが、月の裏側に落ちた一個の隕石から未知のビールスが検出され、その封印がとけて、月面都市の住民すべてが致死性の熱病に冒《おか》されたことが判明したのである。
月面都市の人々が死に絶えても――それを否定する材料を地上の人々は持たなかったが――偏執と用心にもとづくそのシステムは、この世に存在しない主人のために活動をつづけてきた。地上人たちが算出したところでは、オリンポス?システムを活動させるエネルギー源は、最短の数値をとっても今後二〇〇年は休みなくはたらきつづけるものとみなされた。つまり、地上人たちは、月面都市の支配からは脱したものの、封印は解かれないまま、ということになったのだ。共同制作して打ちあげたシャトルが、成層圏よりはるか下の空域でレーザー?ビームに破砕されると、人々は運命を受容せざるをえなくなった。
かくして、地球上の七つの都市に住む人々は、見あげる対象として以外の空を失った。二〇〇年、七万三〇〇〇日の時間がオリンポス?システムの生命活動を停止させるか、第二のプロメテウスが天界の神々に反逆の矢を放たないかぎり、状況は変わりようがなかった。月面都市から太陽系内の他の惑星に移住した人々の存在も考えられたが、地上人には確認や探査の手段がなかった。
七都市の市民にとっては、七都市が全社会となった。カレンダーの日付は変わり、人口は増大し、とりのこされた者の同志的連帯感は、競争意識と打算にとってかわられた。七都市は自衛のためと称して軍隊をつくり、ときに流血し、ときに和睦した。まるで、オリンポス?システムの破滅の日までの退屈しのぎをするように。そのときどきには、戦いをさせる者には相応の理由があったのではあるが。また、都市によっては、大転倒で生き残った人々と、その後に月面都市から移住した人々との間に反感や敵意も生じた。
そしていまは、西暦二一九〇年である……。
Ⅰ
「元首《ドウーチェ》のご子息」
ニュー?キャメロット市において、チャールズ?コリン?モーブリッジ?ジュニア青年はそう呼ばれていた。彼の父親が四年前までアクイロニア市政府の元首《ドウーチェ》だったからである。
「元首のご子息」なる呼称は、呼ぶ者も呼ばれる者も敬称のつもりでいたが、じつのところ、これほど個人を侮辱した呼びかたもすくなかったであろう。この青年が形式的ながら充分な敬意と待遇をはらわれる理由は、彼自身の存在にはなく、彼の父親にあった。
チャールズ?コリン?モーブリッジは五期二五年にわたってアクイロニアの元首職にあり、幾度かの軍事的?外交的な危機を巧妙に処理し、肥大した官僚組織を改革し、多くの旧弊をあらためた。容姿も言動も堂々としており、徹底した有言実行の姿勢で市民の支持と賞賛を集めた。宣伝上手との評もあるが、とにかく四半世紀にわたって合法的に権力を維持したのだ。
これほどの偉人も、老境に至って晩節《ばんせつ》を汚《けが》すことになった。彼は長期にわたる在任の間に、ダース単位の政敵をリング外に突きおとし、それに倍する後継者候補を永遠の候補に終わらせてきたが、四期めに実の息子を首席秘書官に任命し、五期めに新設の副元首に昇格させた。その露骨な公私混同によって、年来の支持者たちさえ興ざめしてしまったのだ。五期めの最後の年、任期満了を九〇日後にひかえて、モーブリッジは政庁での記者会見にのぞもうとした。自分の引退と、息子の次期元首選出馬を公表するためであったが、会見場にはいって三歩あゆみ、四歩めで倒れた。急性脳出血であった。この瞬間、モーブリッジ王朝の夢は未発に終わった。
新元首ニコラス?ブルームの選出は、「モーブリッジの臭気がついていない者なら誰でも」という風潮に乗った一面は否定しえないとしても、清潔で理知的な人格的魅力が、父親の威光で極彩色にかざりたてたモーブリッジ?ジュニアのそれを上まわったからである。
惨敗を喫したモーブリッジ?ジュニアは、アクイロニアに存在の場を矢った。自尊心に致命傷をこうむったにとどまらず、司直《しちょく》の手がうごめく気配を身辺に感じたからである。父の急死に至るまで、「モーブリッジ王朝」の存続を疑いもしなかった彼は、すくなからぬ公金を国庫から「借り出して」費消していた。彼の父親は、権力を独占し、それを法にのっとって行使するだけで満足していたが、息子はそのファウル?ラインをこえてしまったのだ。かくして彼は追及の手を逃がれてニュー?キャメロットに走らざるをえなかった……
執事があらわれて訪客をつげた。仮住居のサロンに姿を見せたのはひとりの士官だった。
長身で、貴族的にすら思える美貌の青年だが、やや血色の悪い顔に斜めに走った傷あとが、|正 負《プラス?マイナス》いずれの方向であれ、尋常ならざる印象を与える。鋼玉に似た瞳も、気の弱い者なら正視しかねるであろう。二九歳の若さで准将の地位にあるケネス?ギルフォードだった。
「元首《ドウーチェ》のご子息……」
ケネス?ギルフォード准将はよそよそしく呼びかけた。彼はニュー?キャメロット市政府の幹部のなかにあっては少数派で、彼の生まれ育った都市に無用なトラブルを持ちこんだ「元首のご子息」に、打算がらみの好意すらしめそうとしなかった。
モーブリッジ?ジュニアは亡命者たるの境遇に甘んじてはいなかった。彼はこの一年、母都市から六三〇〇キロをへだてた亡命地で、計画をねり、同志と語らい、ニュー?キャメロット市政府の高官たちに対しては情をもって訴え、理をもって説《と》き、利をもって誘い、ついに武力干渉の約束をとりつけたのだった。
ギルフォード准将は、老練のシャン?ロン少将とともに、モーブリッジ?ジュニアの軍事技術顧問をつとめることになっていた。むろん好んでのことではない。この日、二月六日、軍司令部で上官からそう命令されたのである。
「ギルフォード准将、君に重大な任務を与える。かのモーブリッジ?ジュニアの要請にしたがい、アクイロニアヘの進攻作戦に従事するのだ」
「で、作戦の指揮官は、モーブリッジ?ジュニアですか」
「むろんだ。いいかね、准将、この作戦はあくまでモーブリッジ?ジュニアの権利回復を目的としたものなのだ。アクイロニア市は、先代モーブリッジ元首の功績に対して忘恩がはなはだしい。銅像まで撤去し、肖像画も破棄しているそうだ」
ギルフォードは銅像などに何の関心もなかった。
「吾々はあくまでモーブリッジ?ジュニアを助ける立場なのですか」
「そうだ」
「すると何らかの報酬《みかえり》も求めず、無償で彼に奉仕するというわけですな。戦勝後、領土も権益も要求することはない、と」
准将の皮肉はかなり無礼なもので、しかも当人はそのことを充分に自覚しており、彼の鋼玉のような瞳には、鋭くとがった、指向性の強い光が宿っていた。一個中隊の敵を、眼光だけで制圧したという伝説の源泉である。上官でさえ階級章の無力さを痛感して、ひるまずにいられない。虚勢の甲冑など一瞬に透過されてしまうのだ。
「むろん戦費は何年がかりかで返還してもらう。また、相応の権益をアクイロニアの新政権に要求することにもなろう。しかし、モーブリッジ?ジュニ

七都市物語
3.22MB
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